電磁環境

 
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化学物質過敏症と電磁波過敏症の複合汚染
 
   
   
   

〜CS(化学物質過敏症)とES(電磁波過敏症)そして乳がん〜  著:なごみ

2001年5月14日、新居での生活が始まる直前からシックハウス症候群の兆しが見えました。お決まりの症状のオンパレード、目が痛い・頭が痛い・気分が悪い・・・etc 、入居してしばらくすると真っ直ぐに歩くのが困難になり、階段(わずか15段)の上がり下りで心臓がバクバク、呼吸はヒーヒー、家族と話すのはもちろん、電話で話すのも苦しく、それこそ蚊の鳴くような声しか出ません。今になって友人が皆言います。「死ぬんじゃないかと電話のたびに思った、元の元気な声が聞けるなんて夢見たい」と。自分でも夜眠るのが怖かった時期もあります。“明日の朝目が覚めるのかな”って。そうこうしているうちに2001年の10月、恐れていたESが始まりました。悪天候の時の換気のために付けた10cm位の換気扇から出る回転音に伴う低周波が、寝室全体に伝わって眠れなくなりました。イライラとしてじっとしていられない。体中は虫が這い回るような感触があり、とうとう換気扇を切りました。それからは24時間、雨にも負けず、風にも負けず、雪の日さえも寝室の2ヶ所の窓は開け放して、小型の扇風機を外に向けて回すことになりました。入居以来、各部屋すべて窓を開けて扇風機を外に向けて回していたのですが、梅雨時や台風の時は窓を閉めざるをえなかったり、外出時はやはり閉めなければならず、その対策として換気扇でしたが、これが私にキバを向いたのです。
それ以後、電磁波に対してはSF的な体験をすることになりました。中でも一番恐ろしかったのは、テレビの電源を入れた瞬間、ブラウン管からものすごい勢いで電磁波が飛び出して来て、顔や手に突き刺さるような痛みを感じたことです。電源を入れるのは必ず3m以上離れた所からコントローラーを使いました。その次に気味が悪かったのは、ウオッシュレットのトイレです。便座に座ると体重でスイッチが入って温水のスタンバイをするらしいのですが、座って2〜3秒すると体内で何かが上下運動を始めるのです。かすかにドンドンというような音すら聞こえるように思えて、心行くまで出るものを出すことが出来ませんでした。でもそのままがんばるとやがて体がゆらゆらし出し、いざ、立ち上がる時が大変になるのでかなり困りました。そして息子の部屋。ここはパソコン、プリンター、ファクシミリ、テレビ、ビデオ(2台)、ゲーム機、エアコンと家電製品の宝庫状態。息子が在宅でこれらをフル使用している時などは入室不可能。どうしても用があって入ると10分位で声が枯れてきて退散。そんな訳でいまだにパソコンを満足に使えません。(学習する能力が低いのが第一原因ですが・・・)
さてこれで終わりと思ったら2002年3月29日の夜のこと、我が乳房(左)に異変を発見。1・程の固いしこりで瞬間的に乳がんだと確信しました。手術までに4ヶ所の病院を訪ねましたがCS(化学物質過敏症)持ちのため、どこも腰が引けていました。(当然ですけど)でも4ヶ所目の病院は見事に北里研究所病院と連携して下さり、手術成功、こうしてこれを書いています。CS(化学物質過敏症)でもES(電磁波過敏症)でも、人間そう簡単に死なない(死ねない?)ようです。CS(化学物質過敏症)発症当初、分けがわからず混乱する夫がいろんな局面で「これでおまえが死んでくれたら、このやっかいな事が全部解決するのになあ〜」と何度も言っていました。その度に私は唇をかみしめるよりなかったのですが、やはりそうは問屋が卸さないのです。CS(化学物質過敏症)+ES電磁波過敏症)+乳がんでも、対策をきちんと立てて努力すればかなり回復します。シブトク生きられます。皆さんもゆっくり、のんびり前向きに生きてください。この体験を多くの人が同時に(これ、大切)声高に語ることで回りの人を動かし、業者を目覚めさせ、行政の弱腰に喝を入れるキッカケになるのではないでしょうか?


 これ以下は、私が学んだ対処法です。

CS(化学物質過敏症)について

CS(化学物質過敏症)は自分自身でなんとか対応可能です。反応するもの、程度は人それぞれ。従って私のやり方が全てのCS(化学物質過敏症)患者に適応するはずはないのです。
これを読んで下さった方々もどうかその辺をよくご理解下さい。あくまでも参考です。実行してみようと思われるならそれも結構ですが、全て自己責任でお願い致します。結果の良否はあなたの努力と心がけで多少変わってくるでしょう。


努力編

北里研究所病院を受診された方はご存知でしょうが、初診前に十数ページの質問書に生まれてから現在までのあらゆることを、事細かに記入します。私も目を通した時は“なんでこんなことまで”と思えるほどでした。でも記入しているうちに自分の「来し方」がよく見えて来たのです。つまり、どの時期、どんな化学物質にどれくらい触れたか、現在どんな暮らし方をしているか、それによって発症の原因と引き金になった事柄、化学物質等が整理されてくるのです。そして原因と引き金になったいくつかの物質は最後までその人と付き合ってくれます。私の場合は三十数年、半仕事状態だったアートフラワーに使う染料とボンド、そして大量の残留化学物質が、子供の頃、校庭でシラミ(若い人はその姿形は不明でしょうが?)の駆除のために毛髪が真っ白に成る程ぶっかけられたDDT(その毒性の半減期は数百年とのこと、七代たたりそう!)だったと思い知りました。

 アートフラワー用材料を全て長年の生徒さんに貰っていただきました。その上で収納していた家具2本と仕事用机、書棚を全て処分。本は図書館に寄付という形で処分致しました。この部屋は入居以来、私が使用可能な場所だったので、現在はスチール製のベットが一つだけあります。

 8年程前から押入れにポリプロピレン製の引き出し収納ケースを多用していましたが、これがひどく匂います。中に入れた物すべてにプラスチック臭がついて、衣類は大変でした。来る日も来る日も1ケースづつ中の衣類をEM米のとぎ汁発酵液に一晩つけ置きしては洗濯するというのを繰り返しました。空になったケースは石鹸でよく洗い前記の液をたっぷりスプレーして干すとプラスチック臭が消えるのでこれは助かりました。アートフラワー用材料を処分した時は、ケースが一度に10ケぐらい空くので、友人が7人も来てくれて一日がかりで洗い、スプレーして、干して、と流れ作業で手伝ってくれました。荷造り、発送、これも全て友人の力、あの時の助けが今の私を支えています。“感謝、感謝”

 新しく買った衣類の処理も厄介。沢山の化学処理が施されているため、そのまま着られません。もっと言えば新品と着古しの衣類は一緒に洗えないので、新品は例のごとく発酵液に一晩漬けて、翌朝、外の水道でマスク、手袋、帽子、長袖のシャツのいでたちでジャージャー洗い、脱水のみ洗濯機にかけていました。見かねた友人が「私も石鹸で洗っているから新品のものは全部洗ってあげる」と言ってくれました。半年もの間、この手助けに甘えることになりました。神様みたいな友人です。その後、外の水道のところにもう一台洗濯機を買って、今は新品やタバコ臭などのきついものはそれで洗っています。(この辺はCS患者特有の思い込みの部分かもしれませんが、まだ脱出できません。)

例えば、夫が朝、出勤前に「これらのものが欲しいので買っておいて」と言います。商品名と売っている店、場所がはっきりしているものは楽なのですが、それらが不明の時は、あちこち探し歩くのは苦痛なので、電話作戦です。いろんな店に電話してあるのを確かめてから出向きます、これはほとんどの買い物に共通しています。ムダに体力は使わない、必要のない暴露はさける等の意味で。


   
   
   
 
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