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昆虫の取材レポートII




小笠原諸島における固有トンボ類の危機的現状について

―2001年12月6日(木) 箱根 生命の星・地球博物館にて―


2001年12月6日、箱根にある生命の星・地球博物館の苅部先生にお話を伺いました。先生はトンボの分類・研究をされています。今回発表された小笠原諸島の現状の調査では、前回、昆虫の取材をさせていただいた甲虫類の専門である同博物館の高桑先生も同行され、ご協力されています。
中南米産のアノールトカゲ(イグアナ系)は全長20〜25cm程の緑色のトカゲですが、1960年代半ばに米軍人がグアム島からペットとして父島に持ち込み、1980年代には母島にも持ち込まれて繁殖しました。固有種の小笠原トカゲは平地を歩くのに対し、アノールトカゲは樹木の葉先にまで行くため、昼間活動をする口に入る大きさの昆虫の殆どが食べつくされ、絶滅に瀕しています。(トンボは頭から胸までを食べ、シジミチョウは丸呑みをしています。)
 以下はGEKKAN-MUSHI・No.369,Nov2001の中で苅部先生が書かれた「小笠原諸島における固有トンボ類の危機的現状について」の文章より引用させていただきました。


 
はじめに

 小笠原諸島は、東京の約1000km南方に点在する海洋島で、多くの固有動植物を産することで著名である。トンボ類では、オガサワライトトンボBoninagrion ezoin、オガサワラアオイトトンボIndolestes boninensis、ハナダカトンボRhinocypha ogasawarensis、オガサワラトンボHemicordulia gasawarensis、シマアカネBoninthemis insularis の5種が固有種として知られており(これらの固有トンボ類は、オガサワラアオイトトンボを除いて国の天然記念物に指定されている)、このうちオガサワライトトンボ属Boninagrionとシマアカネ属Boninthemisは、小笠原の固有属とされている。また、オガサワラアオイトトンボ、シマアカネの両種は、近隣の地域に近縁種が見当たらず、海洋島の生物進化の観点からも大変重要かつ興味ある地域である。
これらのトンボ類は湿地や渓流などに生息し、少なくとも1970年代までは父・母両島をはじめとした各地で普通に見られたことが過去の文献記録からは読み取れる。しかし、1980年代後半以降、個体数が激減しており、父島のようにすでに固有種すべてが絶滅かそれに近い状態に追い込まれてしまった島も出てきている。国の天然記念物に指定されながら、なんの保護策もとられず、絶滅への道を歩んでいることは非常に残念である。小笠原諸島のように一つ一つの島の面積が小さい海洋島では、いったん環境のバランスが崩れると影響を受ける種個体群崩壊は急速に進行するものと考えられる。実際に減少が著しいのは、人為的環境破壊が顕著な父島と母島であり、返還後は無人島のまま放置され、ヤギの食害を除いた自然の改変が見られない弟・兄両島などでは、トンボ類の生息状況にはあまり変化が見られない。 これらトンボ類減少の原因は、後に詳しく述べるように、人為的環境破壊(市街地の拡大、樹林を貫く道路の建設やそれに伴う排水路の整備、ダム建設など)による森林の荒廃・乾燥化とそれに伴う雨量の減少、水域の消失や縮小と、移入動物(とくにグリーンアノール)による食外が主因ではないかと考えられる。ところで、特産のトンボ類が置かれている危険な現状は、これまで(多くのトンボ研究者も含めて)一般にはよく認識されておらず、1991年発行の環境庁のレッドデータリストでも、各固有種が希少種に位置づけられただけであった。しかし、筆者(苅部先生)が1980年代後半から1990年代前半に数回訪れた際の調査から、現実にはほとんどの種が絶滅危惧状態にあるものと考えられた。 そこで最新の正確な情報を得るために1997年から毎年小笠原諸島の固有トンボ類の生息状況を継続調査している。まずは、生息現状の把握をおもな目的として、保護のための基礎情報となる各種の細かい分布調査を行った。これはほかの昆虫でも言えることだが、小笠原の調査ではどうしてもアプローチが容易な父・母両島が中心になり、それ以外の島や属島ではほとんど調査が行われてこなかったのが実情である。今回はそれらの島々も、固有種のおもな生息地である渓流を中心として、湿地や小池などの止水環境も含めて調査可能な水域をできる限り踏査し、固有トンボ類の生息の有無を確認した。固有トンボ類が確認できた場所では、その個体数や周辺の環境などを記録した。現在も、調査は継続中であるが、現状が予断を許さない状況であることが改めて確認されており、なるべく早い時期に一般に周知する必要が強いと考えられることから、中間報告として発表しておきたい。なお、筆者の調査結果をもとに環境庁のレッドデータリストの改訂版では、現状に即して各固有種は絶滅危惧種に位置づけられている。

   
◆調査日時・場所
・1997年10月22〜31日
 弟島・兄島・父島(但し、このときは台風3連発直撃のためほとんど調査不能。母島にも渡れなかった)
・1998年6月25日〜7月6日
 弟島・兄島・父島・母島
・1999年6月12〜23日
 弟島・兄島・父島・母島・向島・姉島
・2000年6月18〜29日
 聟島(むこじま)・弟島・兄島・父島・母島・向島・姪島(めいじま) 
・2001年6月13〜28日
 聟島・弟島・兄島・西島・父島・母島・妹島
         
◆調査で確認した固有トンボ類の生息状況
 
聟島
弟島
兄島
西島
父島
母島
向島
姉島
姪島
オガサワライトトンボ
×
オガサワラアオイトトンボ
×
×
ハナダカトンボ
オガサワラトンボ
×
×
シマアカネ
×
○:生息確認 △:生息確認、ただし数個体のみ ×:記録はあるが確認できず −:記録なし
*姉島の記録は、唯一竹内(1936)の報告があるだけであり、この報文中ではかなり怪しい記述も目立つため、表中には?で示した


減少の原因

誰もが一番疑問に思うのが、これら固有種がここまで減少してしまった原因だろう。恐らく複数の要因が重なって今日の悲惨な状況に至ったものと思われるが、これまでの調査結果から考えられる原因は、以下のようなことである。

【1】道路などの開発などによる環境の破壊
 父島では尾根部に一周道路が通っており、母島でも縦貫道路が谷を分断している。これらの道路と川が交差する周辺部では三面護岸がなされている場所も多く、谷沿いに余ったコンクリートが廃棄されている場所すらある。いずれも集水域や谷の源流に近いため、水域全体に対する影響が大きかったものと考えられる。道路の開通によって、森林が荒廃するほか、舗装道路沿いには排水路が整備される。もともと水源地帯にしみ込むはずだった多くの水が失われているのは事実である。

【2】ダムによる水系の直接破壊
 近年、観光客も多く訪れるようになっている小笠原では、父島・母島とも農業用水の確保とあわせて多くのダムが造成されている。これらのダムによって生息地であった河川上流全体がダムに沈み、生息環境が完全に破壊されてしまった例が多い。

【3】外来動植物による在来植生の破壊
 各地でヤギの食害による植生破壊のために裸地が広がっている。集水域の植生破壊は保水力の低下につながり、水量の減少を招くと考えられる。また、戦前に有用材として導入されたアカギやギンネムは、現在では父・母全島に広がっている。とくに陰樹であるアカギは在来植生を圧倒して繁茂しており、すでに沢を完全に覆うような状況になっている。このため、トンボ類が活動するスポット状の日の当たる場所さえなくしてしまいつつある。このような状況が続くと、生殖活動の場所がせばめられ大きな影響を受ける可能性が高い。
 
【4】農薬散布の影響
 石田(1995)によると、1980年代に松枯れに関連して薬剤散布が行われたとある。しかし、筆者の町役場や地元研究者などへの聞き取り調査によれば、少なくとも松枯れに関連した薬剤散布の事実はなかった。ただし、父島の夜明け道周辺や人家の近くでは、除草剤やシロアリのための殺虫剤が使われたことはあったらしい。その影響を受けた可能性はある。

【5】降雨量の減少
 前記した複合原因による森林の衰退に伴うと考えられる降雨量の減少は顕著で、現在の降雨量は戦前の2/3以下に減っている。もともと小さな沢しかない小笠原では降雨量の減少は沢の枯渇を招き、とくに近年何回かあったという異常旱魃の年には、瀬戸際にあったトンボ類に致命的なダメージを与えた可能性は高い。

【6】外来生物による捕食
 持ち込まれたオオヒキガエルやブルーギルなどが淡水域に定着し、これらもトンボ類幼虫・成虫に捕食圧を与えている可能性もある。しかしなんといっても、致命的な影響を与えていそうなのがグリーンアノールである。本種は在来種のオガサワラトカゲと異なり、樹冠部でも捕食活動を盛んにお子なる。オガサワラゼミが捕食された観察例があり(大林2001)、かなりの大型昆虫まで捕食しているようだ。槙原氏による捕食実験でもアキアカネのような中型のトンボを1日に3頭も捕食するそうで(槙原私信)、現地でもトンボ類の強力な捕食者になっている可能性がある。これは現在の父島・母島における他の昼光性昆虫の激減もしくは絶滅状態から推しても、十分考えられることである。グリーンアノールは北米原産のトカゲで、父島には1960年代に持ち込まれ、母島には1984年に父島から移入されたということである。現在では両島とも島のどこでも多数を見るほどの激増ぶりである。本種は昆虫を捕食するため、グリーンアノールの増加イコール昆虫の減少につながると考えられる。固有トンボ類の生殖活動は一般に薄暗い沢で行われるため、本種との接点は少ないものと考えられるが、休止は日の当たる樹冠部で行うためにこのときに本種に捕食される危険は高い。  上記のような複合的な原因が水環境に大きな影響を与えたことは事実で、たとえば母島では源流部の水の湧出点が1970年代と比べ標高差にして100m近く下方に移動している例があるし、枯れ谷になってしまったところも多い。もともと小笠原の川は長さが数十mから数百m程度のごく短いものが多いので、とくにシマアカネのように源流域の水がしみ出すような環境に固執する種類にとっては通常考えられるより大きなダメージがあったものと考えられる。 もう一つ注目すべきことがある。戦前の小笠原は各種写真などから見ると、明治からの開拓者による農地化で、急斜面を除き一面の畑(おもにサトウキビなど)になっていた。この時期の原生自然へのダメージというのは、相当なものがあったはずである。とくに、面積のごく小さい属島では、その影響はかなり大きかったのではないかと考えられる。開拓優先で、自然保護などの思想そのものが存在していなかった時代でもあり、当時の開発行為が維持されたとすれば、もしかすると、もっと早い時期に小笠原の固有種は絶滅していたかもしれない。しかし、生物にとっては幸いなことに終戦後約20年間にわたり、人為のほとんど及ばない時期が続いた。この戦後の一時的な無人状態によって、島の自然がかなり回復したのは確かで、返還時の調査では各固有種は豊産していた。戦前の農地開拓に比べれば、現在の父島・母島での開発面積はむしろ減っており普通に考えれば自然へのダメージは少なそうなものだが、実際にはあれほど大規模な農地開拓でも絶滅しなかった固有種たちが、返還後たかだか30年ほどで壊滅的打撃をこうむっている。これは、現在の開発行為と伝統的な開拓とは自然へのダメージに大きな質的違いがあることを示唆しているのかもしれない。 そして、在来種にとっての生物兵器ともいえる強力な捕食者であるグリーンアノールによる捕食圧は、もっとも効果的にトンボ類を追いつめた可能性が高い。本種はだいたい侵入後20年くらいで昼光性昆虫を壊滅的に減少させることが、父島・母島の調査ではっきりしてきている。海洋島の生物は、もともとかなり単純な生態系に適応しており、種の歴史上初めて遭遇する強力な移入捕食生物にはきわめて多大な影響を受けることはほかの動物での多くの例が示すとおりである。小笠原の調査で常々疑問だったのが、貧弱になったとはいえ水系が現存している父島各所では、オガサワラアメンボやオガサワラセスジゲンゴロウ、テナガエビ類やヨシノボリなどの水生生物は今でも普通に見られるのに、トンボだけが姿を消してしまっていることであった。このことは、現在トンボ相の崩壊が進行しつつある母島でも同様である。もし、水環境の悪化だけがトンボ類の減少原因であるならば、これらの水生生物ももっと減少していてもよさそうなものである。この疑問は、グリーンアノールの捕食によってトンボが減ったと考えることで解決する。つまり、グリーンアノールは陸生の生物しか捕食できないので、成虫期に捕食を受けるトンボは激減もしくは絶滅し、これとは無縁な水生生物は安泰というわけである。 このことは、ヤギによる食害が顕著で、草地化や裸地化が進行し植生は最低、沢の水もやっと残っているに過ぎない聟島や西島でシマアカネ・オガサワライトトンボが現存している現状と比較すると、よりはっきりする。水域の環境劣化だけでは、父・母両島でのトンボの絶滅・減少は説明がつかないのだ。しかし、筆者自身、多くの島を見て回って環境を比較することで、やっとこのことを理解した。当初、グリーンアノールがトンボを捕食すること自体に考えが及んでいなかったのだ。
 以上のように、グリーンアノールの捕食圧が環境の劣化とともに固有トンボ類に当なダメージを与えたことは確かだろう。あるいは環境悪化によって弱体化したトンボ相崩壊に、最後のとどめを指した役割が本種なのかもしれない。人為の影響が、海洋島の自然に及ぼす破壊の恐ろしさを思い知らされる。


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